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いろんなキッカケ

「いろんなキッカケで次々に行動を連鎖させていく才能」要するに「イキアタリバッタリ力(りょく)」を 、ポジティヴに捉え、日々のいろんなキッカケとそれによって学んだことなどを記録していきます。

「思考は現実化する」からの「ネガティヴワード『どうせ』を考える」

「思考は現実化する」っていう考え方を
近年良く耳にします。

もう何とかの法則みたいな話って、
10年も20年も前から多分あったんだと思いますが。

昨年の春〜夏にかけて
初めての子育てをキッカケに
自分自身が迷走中だった時に、
友人が貸してくれた本、、、

なんだったかなぁ、
100%自分原因説だったかなぁ。

なんか世の中に起きている事は
全部自分の思考が現実化しているものだ、という考え方だったっけ?

いろんな視点から物事を見るのは大切だと思うので、
そういう考えを否定するわけでも盲信、崇拝するわけでも無く、
それ以来、何と無く自分の中にはその考え方を心の片隅には置いています。

私は心の訓練もワークも何もしていません。

Web上でもこの
「思考は現実化する」というフレーズを使って
啓蒙サイト的な内容を書いている多くの人達から感じる空気感があって、

宗教じゃないけど宗教くさいというか、
皆で愛と平和に満ちたナンチャラカンチャラ〜とか、

内容自体は正論のはずなのに、

どうもちょっと仲間には入りたくないな、
と感じさせる何かがあるというか、
セミナーとか
講演会とか
気持ち悪っ!っていうのがあるのです。

それでなんか
メールとかでカウンセリングしてお金とっているとか、
どーっか何かが引っかかるんですよね、、、

同じような事を
あたかもオリジナルな発想だと言ってるような、
なんか自分を教祖みたいに思ってくれよ感がプンプンな
同じニオイがする人達がいっぱいいる気がします。

そういうニオイを感じさせない人達ももちろん居ます。

なんかもう、
その人のブログのページの作り方や装飾や
自分の画像の使い方とかで、
結構一目瞭然な気がしますが。

自分がひねくれているのか、
自分の生理的直感を尊重していいのか、、、。

だから、そういう人達が
頻繁に使用するフレーズだから
自分も使用する事を一瞬躊躇してしまうのだけど、

「思考は現実化する」

って、どう言い換えてもいいんだけど、
まぁ、そういう日々頭に思い描いている事が実際に起きる、というか

ある時を境に現象が発生するというよりかは、
自分も気付かない内に徐々にそうなってきている、
気付いたらそうなっていた、、、みたいな感じ、

そういうのってあるよなぁ、って最近思うのです。

連続ドラマを観続ける事について考え記事↓もその類なのでしょうけど、

長期に渡って継続的に繰り返される思考や発言の威力

ってあるよな、と思うのです、
特にそれがネガティブな場合、威力はポジティヴな場合より
より強く出やすい気がします。

これは自分自身の思考や発言に対する体験ではないけれど、
そういう発言をする人が身近に居る事による影響について
今日、ずっと考えていたのです。

漠然と自分の置かれている状況を考えて、
自分はどうしてこういう感じ方や行動をするようになったのかなぁ、と
日々答えの出ない自問自答みたいな事を繰り返して
早何カ月、1年は経っていない?
まぁ、そんな状況です。

何かと自分自身の考え方や
自分の過去とか、とにかく自分の中に原因を探して
悩み考え続けているのですが、

今日、本当に
ふと思いついたのです。

もしかして自分以外の人の習慣的な思考パターン、癖が
この状況を作り出しているのかもしれない、と。

そんな半ば責任転嫁的な事を思い始めました。
勿論、その「かもしれない」は完全なる妄想かもしれませんが、

また、聞いていて気に食わないフレーズに気付きました。

「どうせ〜〜〜ない。」

という否定フレーズ。

試してもいないのに最初から不可能と断言しているフレーズ。
確認もしていないのに勝手な憶測で遮断しているフレーズ。
実際に起きてもいないのに、あたかも事前に分かっているかのように
ネガティヴな結果になると繰り返し言うフレーズ。

「どうせ」という言葉の全てが悪いわけではないが、
「どうせ」がネガティヴな発言の文頭に来るのが大嫌い!

どうせできない、
どうせこうなる(その人の考えるネガティヴな結果)
などなど、、、。


大嫌いと言っておきながら、
自分自身も使っていないかと振り返ってみる。

私が使う場合は、

既に繰り返しを確認済みで、
自分がその事象を忌み嫌う場合に
諦めと軽蔑の気持ちを込めて使っていますね。

でも自分は少なくとも、
未確定、未確認、憶測の事柄に関しては
「どうせ」は使いません。

もう
その「どうせ」を汚されてもいない未来の未確定の事柄に対して使用して、
その事柄を否定する発言をした時点で、
自分の寿命を減らしているじゃないですが、
自らが可能性をその時点で断ち切るみたいな気がします。

何と馬鹿な発言なんだろう、と思います。

自分の望まない、また起きてもいない現象を
「どうせこうなる」みたいに危惧や不安感というよりは、
予測出来ているかのようにされる発言。

繰り返しますが、
それが
まだ実際に起きていないのにもかかわらずです。

そして、
結果的に現実がその「どうせ」発言で言ったようになります。

そしたら「ほらね」、みたいにドヤ顔で、
あたかも自分は初めからわかっていた、
予測出来ていた、知っていた、みたいな態度になる話者。

負のスパイラル。


それって、
何もないゼロの状態の時から
貴方が根拠も無くネガティヴな事を言い続けて、
結果的にその通りになっちゃった、、、

こういう事について一般的に人々はどう思うんだろうか?

  1. 「どうせ」発言をしていた人が正しい予言をした、のか
  2. 「どうせ」発言をする事でその状況を生み出した、のか

なんだかねぇ、
とっても2番みたいに思えるんです。

逆ギレの被害妄想みたいな発想かもしれませんが。

内容も特に具体的に書かないので
読んでいる人には解り難さこの上ないかもしれませんが、

私自身が元々望んでいたわけでもなく、
そうなるとも発言もしていないのに、
相手の継続的な「どうせ発言」を2年近く繰り返し聞き続けてきたことで、
あぁ、本当にその通りになってきている、と感じ始めている今日この頃。


同じ事柄をどう捉えるか、
考え方、気の持ちようで
話の見え方は180度変わってしまうものですが、

とりあえず、

未確定要素に対して
どうせ出来ない系の発言は、

本当に私にとって害虫みたいな存在です。

後ろ向きで後ろ向きで、
何の向上もない。

どうすれば、とか
前向きに対応策をあれこれ考えることなく、
出来ない、出来ないと
しらみつぶしのように可能性を消去して
狭めて行くような考え方。

仕事でもプライヴェートでも
気分悪いですね、
そういう「どうせ〜ない」系の口癖もしくは
思考パターンの人の負の言霊パワーに
飲み込まれたくないです。


私はそういう「どうせ〜ない」系発言に直面する度、
「確認したの?」
「やったことあるの?」
「調べたの?」
とか直ぐ質問して、

相手から
「確認してないけど(←この「けど」がまた曲者。)」
という答えが返ってきて

「じゃあ判らんじゃん。」と言う傾向がありますが、、、
ははは、これってウザいですか?

小学生の
「それってじゃあ何時何分何秒?」って聞くヤツみたい?笑。

私、
生理まであと数日のカウントダウン中です。
今月末は攻撃的に怒りの感情が噴出してきたかなぁ、、、。

攻撃的に書きながらも
一応内容はポジティヴなつもり、笑。

とにかく、、、

どうせできん、とか言うな!

どうせこうなる、的な事も知ったように言うな、
アンタが根拠もなく
どこもそうだ、
みんなそうだ、みたいに言い続けてきたから
実際そうなってきたんじゃないか、と思えてきたのです。

自分は無視して聞き流してきたつもりだけど。

とにかく、
日常的に繰り返し口に出す言葉、気をつけないとね。
特にその言葉の内容を望んでいないのならね。